GTアーカイブス GT500の外国車
今日は久々に天気は晴れていて日中はけっこう暑かったですね〜
配達をやる人間としては暑くても郵便が濡れない方が助かるので今日は良かったのですが、
明日はどうやらまた朝から雨だそうです。
いっそのこと大雨洪水警報でも出てくれれば休みになってくれて助かるんですけどね〜
さて今日は久々にGTネタになりますが現在のスーパーGTにはGT500クラスには日産GT−R(R35)、レクサスSC430、ホンダNSXの3メーカー3車種が参加していますが以前GT500クラスには外国車が参戦していたのって知っていますか?
GTがまだJGTC(全日本GT選手権)だったころ、1994年に初めてシリーズ化された年にはGT1(現在のGT500)とGT2(現在のGT300)というクラスで分けられていて1994〜1996くらいまでは外国車が国産車と対等にシリーズを戦っていたんですね〜
特に現在GT300クラスで26号車ユンケルパワータイサンポルシェのチームタイサンは初年度の1994年にはフェラーリF40を2台、ポルシェ962C(グループCのマシン)を2台の4台でGT1に参戦していたり96年のGT300ではポルシェ911GT2で、2000年にはポルシェ911GT3Rでシリーズチャンピオンになっていたりと常に外国車で活躍していますね。
2005年はスーパーGTとして世界に羽ばたいていくはずだったスーパーGTもGT500に外国車が参戦していたのは2005年までで、シリーズもインターナショナル化したのに海外戦はマレーシアだけと、現在ではとても国際レースって感じでは無い気がするのですが・・・・
GT300は参戦車種も豊富で外車でも優勝チャンスはありますがGT500は3メーカーが幅を利かせているためプライベーターの外国車では現在勝つことは難しいというのが現在のGT500の状況です。
現在のGT300でムルシェRG−1(ムルシエラゴ)とガイヤルドRG−3(ガヤルド)を走らせているJLOC(ジャパンランボルギーニオーナーズクラブ)も94年の初年度からカウンタックでGT1に参戦して、
その後も95〜03までディアブロ、04〜05はムルシエラゴでGT500に参戦していましたが、
2005年のSUGOから1台のムルシェRG−1をGT300に参戦させて好感触だったため最終戦の鈴鹿からは2台ともGT300に移行して現在に至っています。

それまでJLOCがワンオフで作ったディアブロJGTー1ではトラブルが絶えず完走はほとんどなく予選でも最後尾が指定席状態だったわけですが、2004年にはFIAGT選手権で参戦していたムルシエラゴR−GTをベースにJGTC専用の改良を施したムルシェRG−1で参戦したのですが、
開発が進まず04シーズンも惨敗。
2005シーズンはR6富士まではGT500にいたものの最終戦の鈴鹿からは2台GT300に移行してしまったためGT500ではこの年が最後でした。

私がGTに興味を持ったのは2002年の第5戦富士からで初めて見たサーキットで国産車は見ただけで分かるのですが外国車はほとんど知らなかったのでこのクルマも当初は???なクルマでした。

BMWのマクラーレンF1GTRというクルマなんですがGTでは96年にタバコメーカーのラークをスポンサーに2台体制で参戦しチャンピオンを奪ったというクルマです。
この年黒船の来襲などと言われ、最初で最後のGT500外国車チャンピオンになったLARKマクラーレンF1GTRは翌年には参戦せず2年間GTからマクラーレンF1GTRは姿を消しました。
しかしルマン24時間耐久レースではまだ活躍していてロングノーズ&ロングテールになって、
99年に前年までポルシェ911GT2で参戦していたTAKE ONEがロングのマクラーレンF1GTRで参戦し、2000年にはBMW M3で参戦していた一ツ山レーシングもマクラーレンで参戦開始。
01年にTAKE ONEの30号車SOKマクラーレンが最終戦MINEで久々に優勝するが翌2002年に脱退してしまう。
2002年は一ツ山レーシングの76号車イエローコーンマクラーレンGTRがもてぎで3位に入るものの翌年は服部尚紀選手が移籍してしまい結局この年で脱退しまたマクラーレンはいなくなってしまう。
2005シーズン一ツ山オーナーがリニューアルした富士で走らせたいということでまた復活しましたが参戦したのは富士の2戦だけ。


2004年からフェラーリ550GTマラネロでも参戦していて話題を呼びましたが2005年をもって脱退してしまいました。

2005年シーズンはマクラーレンが第2戦富士で当時ターボエンジンだった18号車TAKATA童夢NSXを抜かしたり、R6の富士ではフェラーリが9番手までポジションを上げたりと意地を見せてんですが、
翌年からはマラネロはJLMC(全日本スポーツカー耐久選手権)に移行し2年連続チャンピオンになっています。
2006年にマセラティMC12がGT500参戦する話がありましたがやっぱりワークスとプライベーターでは金のかけ方が大幅にマシンに出てしまいエントリーを取り消すしまつ。
今後スーパーGTの500クラスに外国車が参戦することは無いような気もします・・・ちょっと寂しいですが。
本日の画像はSUPERGTnetより
配達をやる人間としては暑くても郵便が濡れない方が助かるので今日は良かったのですが、
明日はどうやらまた朝から雨だそうです。
いっそのこと大雨洪水警報でも出てくれれば休みになってくれて助かるんですけどね〜
さて今日は久々にGTネタになりますが現在のスーパーGTにはGT500クラスには日産GT−R(R35)、レクサスSC430、ホンダNSXの3メーカー3車種が参加していますが以前GT500クラスには外国車が参戦していたのって知っていますか?
GTがまだJGTC(全日本GT選手権)だったころ、1994年に初めてシリーズ化された年にはGT1(現在のGT500)とGT2(現在のGT300)というクラスで分けられていて1994〜1996くらいまでは外国車が国産車と対等にシリーズを戦っていたんですね〜
特に現在GT300クラスで26号車ユンケルパワータイサンポルシェのチームタイサンは初年度の1994年にはフェラーリF40を2台、ポルシェ962C(グループCのマシン)を2台の4台でGT1に参戦していたり96年のGT300ではポルシェ911GT2で、2000年にはポルシェ911GT3Rでシリーズチャンピオンになっていたりと常に外国車で活躍していますね。
2005年はスーパーGTとして世界に羽ばたいていくはずだったスーパーGTもGT500に外国車が参戦していたのは2005年までで、シリーズもインターナショナル化したのに海外戦はマレーシアだけと、現在ではとても国際レースって感じでは無い気がするのですが・・・・
GT300は参戦車種も豊富で外車でも優勝チャンスはありますがGT500は3メーカーが幅を利かせているためプライベーターの外国車では現在勝つことは難しいというのが現在のGT500の状況です。
現在のGT300でムルシェRG−1(ムルシエラゴ)とガイヤルドRG−3(ガヤルド)を走らせているJLOC(ジャパンランボルギーニオーナーズクラブ)も94年の初年度からカウンタックでGT1に参戦して、
その後も95〜03までディアブロ、04〜05はムルシエラゴでGT500に参戦していましたが、
2005年のSUGOから1台のムルシェRG−1をGT300に参戦させて好感触だったため最終戦の鈴鹿からは2台ともGT300に移行して現在に至っています。

それまでJLOCがワンオフで作ったディアブロJGTー1ではトラブルが絶えず完走はほとんどなく予選でも最後尾が指定席状態だったわけですが、2004年にはFIAGT選手権で参戦していたムルシエラゴR−GTをベースにJGTC専用の改良を施したムルシェRG−1で参戦したのですが、
開発が進まず04シーズンも惨敗。
2005シーズンはR6富士まではGT500にいたものの最終戦の鈴鹿からは2台GT300に移行してしまったためGT500ではこの年が最後でした。

私がGTに興味を持ったのは2002年の第5戦富士からで初めて見たサーキットで国産車は見ただけで分かるのですが外国車はほとんど知らなかったのでこのクルマも当初は???なクルマでした。

BMWのマクラーレンF1GTRというクルマなんですがGTでは96年にタバコメーカーのラークをスポンサーに2台体制で参戦しチャンピオンを奪ったというクルマです。
この年黒船の来襲などと言われ、最初で最後のGT500外国車チャンピオンになったLARKマクラーレンF1GTRは翌年には参戦せず2年間GTからマクラーレンF1GTRは姿を消しました。
しかしルマン24時間耐久レースではまだ活躍していてロングノーズ&ロングテールになって、
99年に前年までポルシェ911GT2で参戦していたTAKE ONEがロングのマクラーレンF1GTRで参戦し、2000年にはBMW M3で参戦していた一ツ山レーシングもマクラーレンで参戦開始。
01年にTAKE ONEの30号車SOKマクラーレンが最終戦MINEで久々に優勝するが翌2002年に脱退してしまう。
2002年は一ツ山レーシングの76号車イエローコーンマクラーレンGTRがもてぎで3位に入るものの翌年は服部尚紀選手が移籍してしまい結局この年で脱退しまたマクラーレンはいなくなってしまう。
2005シーズン一ツ山オーナーがリニューアルした富士で走らせたいということでまた復活しましたが参戦したのは富士の2戦だけ。


2004年からフェラーリ550GTマラネロでも参戦していて話題を呼びましたが2005年をもって脱退してしまいました。

2005年シーズンはマクラーレンが第2戦富士で当時ターボエンジンだった18号車TAKATA童夢NSXを抜かしたり、R6の富士ではフェラーリが9番手までポジションを上げたりと意地を見せてんですが、
翌年からはマラネロはJLMC(全日本スポーツカー耐久選手権)に移行し2年連続チャンピオンになっています。
2006年にマセラティMC12がGT500参戦する話がありましたがやっぱりワークスとプライベーターでは金のかけ方が大幅にマシンに出てしまいエントリーを取り消すしまつ。
今後スーパーGTの500クラスに外国車が参戦することは無いような気もします・・・ちょっと寂しいですが。
本日の画像はSUPERGTnetより










